2010.03.29(月)
女流将棋、最高位「女王」戦に、甲斐女流二段が先勝!

甲斐智美女流二段が矢内理絵子女王に挑戦している第3期マイナビ女子オープン五番勝負の第1局が3月28日に熊本県熊本市の「旧細川刑部邸」で行なわれ、 133手にて先手の甲斐女流二段が先勝した。
第2局は4月11日に岡山県倉敷市の「倉敷市芸文館」で行われる。甲斐 智美(かい ともみ、1983年5 月30日 - )は、将棋の女流棋士。神奈川県川崎市出身。中原誠十六世名人門下。父親は将棋観戦記者の甲斐栄次。2008年3月23日に決勝が行われた第1回ネット将棋・女流最強戦で、女流名人の矢内理絵子を破って初代優勝者となり、自身2度目の公式棋戦優勝を果たした。
「女王」の称号を争う第1期マイナビ女子オープンで決勝に進出。初タイトルをかけ、2008年4月3日から矢内理絵子と決勝五番勝負を戦っていたが、 1-3で惜しくも敗れ、初タイトルとはならなかった。
▲賞金が500万円と破格のこともあり、話題を呼んだ。世の親たちは、それなら私の娘も棋士にさせようかと多くの少女が棋界に集まった経緯があります。
その昔、囲碁の「ヒカルの碁」で囲碁人口の減少に悩まされていた時に少年少女が、一斉に囲碁道場に集結したのと同じ現象である。本やスターの出現が棋界を発展させるのには、此れ以上のものがないことを証明した。真央、遼の活躍も同じである。
しかし、一流に成るまでの道程は血のにじむ努力と才能が求められます。安易に考えても、借金の山が残るだけであることも良く知って欲しい。
矢内女王と甲斐さんの対談を紹介します。
「昔の夢、今の夢」
――小さい頃の夢はありますか?
矢内 : 最初の夢は看護師さん。でも予防接種で注射を打つ看護師さんの姿を見たら「針は刺せない」と思って断念しました(笑)。その後、ピアノを習うようになって、ピアノの先生になりたいなぁ、って思っていました。
甲斐 : バスケットボールが大好きだったので、小さい頃はバスケの選手になりたかったです。あとはスケートとかスノボとか。体を使って面白い動きをするスポーツが好きなので、憧れの職業でしたね。
▲このように、最初から棋士を目指したのではないのですが、親や近所の道場で才能を見込まれて、強引に修業させられた人が多いのです。才能を発見してくれる人がいないとチャンスもめぐってこないのです。
私は、最初にブログを書いたのは、将棋界の矛盾を追求したのでした。男尊女卑のこの世界の待遇を改善して欲しかったのです。男女では、格段の報酬の差があるのです。
最近、女流将棋界は給料の支給と厚生年金の加入を求めて連盟に拒否され、分裂してしまったのです。一見華やかに見えても、女性は生活難で苦闘しているのです。
そこで、私の提案は頭脳競技(文化)として、文科省が多額な補助金を支給してもよいのではないかと言う事です。スポーツには協会を通して多額の補助金を出しています。文科省さんよ!真剣に考えて下さいね~~!
「旧細川刑部邸」
細川(長岡)刑部家(刑部少輔家)は細川家三代(肥後藩初代)・忠利公の弟、刑部少輔興孝公が正保三年(1646)に二万五千石を与えられて興したものです。けい‐ぶ【刑部】
1 刑部省(ぎょうぶしょう)の唐名。2 中国の六部(りくぶ)の一。司法に関することをつかさどった
細川(長岡)刑部家(刑部少輔家)は細川家三代(肥後藩初代)・忠利公の弟、刑部少輔興孝公が正保三年(1646)に二万五千石を与えられて興したものです。けい‐ぶ【刑部】
1 刑部省(ぎょうぶしょう)の唐名。2 中国の六部(りくぶ)の一。司法に関することをつかさどった