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桜桃忌

   長女園子と長男正樹
 下連雀の自宅にて         "長女園子と長男正樹"
病弱な太宰は三つになった頃、乳母の手から子守のたけ(14歳)の手にわたされ、以後このたけと叔母きゑ(母たねの妹で、不幸な結婚生活の末、娘4人を連れて津島家に身を寄せていた)の手で育てられた。
夜は叔母の胸で眠り、たけの熱心な教育で本を読む事のとりことなった。
両親にあまり愛されない自分を「父母の本当の子ではない」と思い込み、それを確かめようと蔵の中の書き物を調べたり、出入りの大人たちにこっそり聞いて回ったりする妙にひがんだ子になっていくのである。

僅か39年の生涯で5回の自殺未遂を繰り返し、1948年(昭和23年)6月13日に玉川上水における愛人(山崎富栄)との入水心中により生命を絶つ。この事件は当時から様々な憶測を生み、愛人による無理心中説、狂言心中失敗説等が唱えられ文壇のみならず社会問題としても騒然となった。
2人の遺体が発見されたのは、奇しくも太宰の誕生日である6月19日の事であった。 この日は桜桃忌(おうとうき)として知られ、三鷹の禅林寺を多くの愛好家が訪れる。太宰が弟のように可愛がっていた弟子の田中英光が翌年の文化の日に墓前で自殺したのは例を見ない。 太宰治の出身地・青森県金木村(現・五所川原市金木町)でも桜桃忌の行事を行っていたが、生地金木には生誕を祝う祭りの方が相応しいとして、生誕90周年となる1999年(平成11年)から「太宰治生誕祭」に名称を改めた。

生前、太宰が好んだ果実が桜桃(さくらんぼ)で季節の果実であることから旧友である同郷の今官一(作家)が遺体が発見された日の翌年6月19日に、友人門弟一同の主催で遺族をも招待して盛んな宴が行われた。その日を「桜桃忌」と名ずけた。入水した翌日の深夜土手の上に太宰と富栄の下駄が置かれていた、駆けつけた妻の美智子はその下駄を放心したように抱き続けたという。
太田静子さん1948年8月1日、井伏鱒二たちの訪問を受け、「太宰の名誉作品に関する言動を一切慎む」という内容の誓約書を取られ、その引換に『斜陽』改装版の印税10万円を渡される。しかし津島家からの冷遇に耐えかね、1948年10月、この誓約を破る形で『斜陽日記』を刊行。この日記の内容に『斜陽』と重なる部分があまりに多かったため、太宰死後の捏造ではないかとの説を唱えられて悲しんだ。

48年に発表された桜桃の冒頭の一説である。
子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。少くとも、私の家庭においては、そうである。まさか、自分が老人になってから、子供に助けられ、世話になろうなどという図々しい虫(むし)のよい下心は、まったく持ち合わせてはいないけれども、この親は、その家庭において、常に子供たちのご機嫌(きげん)ばかり伺っている。子供、といっても、私のところの子供たちは、皆まだひどく幼い。長女は七歳、長男は四歳、次女は一歳である。それでも、既にそれぞれ、両親を圧倒し掛けている。父と母は、さながら子供たちの下男下女の趣きを呈しているのである。・・・


しかし太宰は「家庭の幸福。家庭の幸福。人生の最高の栄冠」と。実は幸福な家庭に憧れていたのである。しかし、「炉辺の幸福。どうしてそれが私には出来ないのだろう、、炉辺が怖くてならぬのである」(父)
逃れるように酒を飲みにいく。「地獄だ、地獄だ。」と思いながら酒を飲み二日も、三日も家に帰らない。そして「家庭の幸福は諸悪の本」「子供より親が大事。」「義のために遊んでいる。地獄の思いで遊んでいる、命を賭けて遊んでいる」「子は親がいるから育たない」などと自らに言い聞かせながら放蕩を続けていた。
故郷で終戦の知らせを聞いた太宰は上京し新生への希望に燃えていた。しかし、まもなく戦後の浮薄な現実に失望し反逆への生活に戻った。偽善と「自己肯定」を嫌い「如是我聞」で志賀直哉を痛烈に批判して自己の価値観と世間の常識との乖離に苦悩し敗北の文士といわれるようになった。
長女の園子は(婿養子津島雄二議員、元自民党津島派会長)の妻と成り次女は津島佑子で作家として活躍(離婚し子供を亡くしている)。愛人太田静子との不倫の子供は太田治子として作家生活に入った。しかし長男の正樹は体が弱く,今で言うダウン症で15歳で早くに亡くなった。この息子に心を痛め妻の美智子とのいさかいがあった。しかしこの小さな家庭で夕方4時頃からまいどの如く湯豆腐を食べながら酒を飲んでいた時が一番幸せだったとも語っている。「ヴィヨンの妻」で主人公の放蕩詩人の大谷が行きつけの居酒屋から大金を奪って逃げた事にも、「さっちゃんと坊やにあのお金で久し振りのいいお正月をさせたかったからです」と説明している。さっちゃんは「私たちは、生きていさえすればいいのよ」という。二人とも無頼派なのです。太宰の言う無頼派とはこういう人間なのである。反道徳的な行為にふけりながらも極めて人間的な一面を持っているのである。

共に入水した山崎富栄も全てを許し太宰に無償の貢献をしている。太宰からスタコラさっちゃんと呼ばれていた。「ヴィヨンの妻」の椿屋のさっちゃんと奇しくも名前が一緒なのは不思議である。太宰一流の優しさか?気の使い方かは分からない。

東大時代は殆ど学校にも行かず「日陰の生活」つまり左翼運動に明け暮れ三馬鹿とも「からす組」といわれた。1934年同人誌「青い花」を発刊した木山捷平、伊馬鵜平、小山祐士、詩人の中原中也らは四散した、残った檀一雄、山岸外史と私娼窟玉の井で放蕩三昧の生活をしていた。当時の太宰は「むなし、むなし、すべてがむなし」と言いながらアルコールとニコチンの無い健康的生活に憧れながらも酒とタバコをぶかぶか吸い借金をしていた。と檀は言っている。共に無頼漢を名乗り無頼漢こそ優しい愛のある男なのだと自らの裏切り、偽善に反省を込めた言葉が「むなし」と言う言葉になったのだと思う。最後まで都会に憧れ田舎者に終わった気の弱い男であったと今官一は述壊している。入水の直前は激しい喀血を繰り返し、死を覚悟していた様子もある。富栄が青酸カリを隠し持っている事に怯え出版社の人と必死に探した事も在り、「生きる」事へのかすかな望みが合ったのではと推理される面もある。しかし、妻美智子との気まずさ、治子の出産、富栄との関係から既に死ぬ意外に道は無い環境であった。太宰の女関係には何処か、打算的で暗いものがあリ周りの先輩文壇からは好まれててはいなかったのである。



降りしきる雨の中、6月19日折り重なるように二人の遺体が発見された。

遺体が上ったときには檀一雄は姿を現さなかった。又山岸外史は太宰の遺体が上った玉川上水で太宰の顔を見ようとしたが関係者らに断られ、「どうして俺に・・」と怒った。「汝、姦淫をやめよ」と叫んでいる。読売新聞の報道員が乱暴に太宰の遺体を見ようとしたため太宰の関係者といざこざに成り山岸も、腹が立っての言葉と思う。新潮社の太宰と一番親密だった野原一夫氏が証言している。ふたりの遺体は紐で固く結ばれていたが、太宰が激しく抵抗した形跡が歴然と残っていた。このため一部では「太宰は決行直前になって気が変わったが、山崎が強引に水の中へ引きずり込んだのだ」との説もささやかれた.親友の亀井勝一郎はこの説を肯定している。
又太宰とは生前一度も遭ったことの無い評論家の奥野健男は「人の死をそのようにいう事自体、真に失礼な事だ」と怒りを表している。
全くの私見だが二人は合意してウイスキーに青酸カリを入れ先に太宰が飲み、富栄が帯で腰を固く締め土手を滑る様に玉川に落ち込んだのだと思う。文壇、新聞は富栄を悪者扱いする報道が多く可成り偏向意見も多い。遺体が上がって太宰は立派な棺で運ばれたが、残った富栄の遺体は雨の中、筵を掛けてそのままにさらされていた。傍で見ていた父親親族の悲しさはいかばかりかと思うのである。何時の時代も権威あるものと弱者の格差は同じだと痛感する次第です。
聖書が一番の愛読書だった太宰は富栄と共に神の園で永遠の夫婦として祝福されていると信じたい。

人生の不安と苦悩を独自のスタイルでユーモアと「道化のサービス」で読者に語りかけるような文章で簡潔に描き、若者の心を完全に捉えたのである。人間津島修治は死すとも今尚、世界中で愛読される太宰文学はこれからも、永遠に燃え続けるであろうと思う。太宰治は永劫に読者の心の中に生きているのである。


蛇足
憚りながら言わせて戴きますと太宰は師匠の井伏宅を訪問したときは必ず将棋を指していたらしく可なりの棋力が在ったと想像され、唯一将棋好きと言う事、又太宰は犬を怖がり猫派なのと酒好きなのが私と似ているところで大宰フアンとなった次第です。笑)他のところは全く似て居ない事ははっきりしています。笑)           
今 官一(こん かんいち、1909年(明治42年)12月8日 - 1983年(昭和58年)3月1日)は、日本の小説家。

青森県弘前市出身。早稲田大学露文科中退。同郷出身の太宰治と親しく、桜桃忌の名は今によって名付けられた。1956年(昭和31年)、『壁の花』で第三十五回直木賞を受賞。


太宰と同郷の今官一は「桜桃忌」となずけた男である。
櫻、花、花、一年 ―― と呟やいて、ぼくは、その実を、思ひ出す。ぼくは、太宰の命日を《櫻桃忌》と、呼ぼう。《蔓を糸でつないで、首にかけると、櫻桃は、珊瑚の首飾のやうに見えるだらう》と、太宰は、去年、それを書いた。
   子供たちは、櫻桃など見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだらう……
 よろこびは、せぬ。君は一つだけ、まちがつてゐた。君は、だまつて、種を吐き出せば、よかつたのだ。この一行の「反省」のために、一生、子供たちは、櫻桃の初生りを、君にたべさせたいと、希ふやうになるだらう。
一年の、季節ごとに、そして、それは、ぼくらを、ぼくらが、生きる限り、なんたる、なんたる田舎者かと、いらただせることになるだらう。《櫻桃忌》が、さういふ「心のザワめき」に、さういふ「美学の Etiquette」を、なにほどか、喚起したらば、幸甚である。「おもてには、快楽」云々と、いふことを愛した、さういふ心の人のために、さういふ心で、提唱された ―― いはば、さういふ Etiquette だつたのである。

「古田晁」

筑摩書房を創立した古田晁
筑摩書房の雑誌『展望』の編集長だった臼井吉見の「臼井吉見文学館」が安曇野市にある。
精神的に追い詰められた作家、太宰治は古田晁を訪ねたが、古田晁は太宰治に静養をさせるのに必要な食料を調達するため実家に戻っていたため、会うことができなかった。
その翌日、太宰治は入水自殺(じゅすいじさつ)した。
自殺を知った古田晁は「会えていたら、太宰さんは死ななかったかもしれん」と痛恨の言葉を残している。
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コメント

星月冬灯 さんへ!!


おばんです!
太宰治と言う人が魅惑の人なのでしょうね^^頭脳が天才的なので、いかにも津島修治と太宰が一致するかのような私小説的小説が虚構と言う名で読者を惹き付けているものと思います。

結局自己と作品の主人公を混同させて言いずらい事を表現した稀に見る天才作家なのでしょうねー。!
ただ、彼の言う弱さ=善意=やさしさは本当だと思います。そこが素晴らしいところだと感激、感動・感銘するところですね~!キリスト・親鸞が言うような悪い人ほど救われるのだと思うのですねー。「生まれた事がすみません」という名言が彼の本質のように思います。
太宰自身もエゴがあるのです。笑)その人間の性を否定しようとして敗退した弱い人物だったと思います。
冬灯さんも私も太宰文学に魅せられた信奉者の一人なのでしょうねー!
だから太宰を完全に抱擁しているのだと思いますね~~!嬉しいコメントをいただき記事を書いた価値があったと喜んでいます。有難うございました。!

こんにちは

どの記事にコメントしようかと迷いましたが、やはり太宰先生の記事にします (笑)

彼は本当に感性で生きた人という印象が強いです。書く文章もその通りだし、生き方そのものもまさに。それが正しいのかそうでないのか、それはおいておくとしても、彼に惹かれてしまうものはあります。
不思議な人ですね、本当に。行いや経歴を見る限りではどこにも魅かれる要素なんて見つからないというのに (笑)
でも、彼の作品を読んでしまうと、不思議と惹きつけられて、そうして赦してしまう。そうして、そこから何かを学ぼうとしてしまいます。全てに共感はもちろんできないし、真似などもってのほかなんだけど、一種のあこがれを抱いてしまうのは何故なんでしょうか (笑)
背徳は美、というイメージが強いのかもしれませんが、それだけでなく、彼の弱さや自己否定、エゴ、自己愛が究極の人間としての性なのかもしれないと思えるからなのかもしれませんね。
結論、やっぱり私は太宰が好きらしいです (笑)
素敵な記事、有り難うございました^^
また書いて下さいね!

タヌキさんへ!!

おばんです!
タヌキさんは太宰と深い縁があったのですねー。高校が禅林寺の近くとは献花もでき太宰も喜んでいるでしょうねー。
若松屋が確か富栄が太宰と最初に逢った蕎麦屋なんでしょうねー。すみれと言う料理屋も近いのでは・・今はもう無いかもね^^。太宰がよく飲んでママの傍で寝たと記載されていますが、このママさんとは性愛はなかったようですね^^。汗)
タヌキさんは相当のインテリでしょうから文学には相当興味を持た青年だったのでしょうねー。
私は乱読でしてほとんど太宰作品だけは読みました。
自分に語っているように思い上手な語りですねー。!
だから人気もあるのでしょうねー。

国分寺での居酒屋経営は客層もよいでしょうねー。私も東京に行く機会があれば飲みに行きたいと念願しています。‼長生きをしたいものです。笑)

荒野の鷹虎さんへ

こんにちは
僕の通っていた高校は太宰治の眠る寺の南側にあり 三鷹駅から徒歩で寺墓地の裏口から入り太宰治に手を合わせてから学校に向かうのが朝の日課でした
毎日 違う花束が献花されていましたよ

そして今 国分寺街道沿いで深夜スナックを営んでいますが 店の並び南側に2~3分歩くと うなぎの若松屋 があり 多少の縁を感じています
以前は東寿司 の看板で 太宰治の第一発見者の息子さんでしたか 当時のままのレシピでうなぎを提供しています
グッド・バイ はまだ読んでいないのでいつか読ませて頂きたいと思っています
6月19日 新聞の日付けで思いだす次第です  
  タヌキ

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purotoko さんへ!!


おばんです!
purotokoさんは太宰と同じ誕生日とはすばらしく名誉なことですねー!
占いでは日が同じでも、長生きする人が多いようです。!
太宰は、今でも世界のヒット作品です。著作権が切れたので、映画にもなりました。
妻の美智子さんは太宰が死んでから資産が10億円と算定され太宰は死んで幸せを残した粋な人ですね~^!
(まゆみ)さんの件。私もクリックして迷っていました。決心が付きました。何時もありがたいご指導感謝です!!

華やぎ さんへ!!


お晩です‼
ちょうど満104歳ですねー。今の時代ではまだ生きていても不思議ではないですねー。
坂口安吾や織田作之助等で新戯作派作家と言われましたねー。
檀一雄とは悪友の仲間でもあり、「小説太宰治」は面白いですね^^。
評論の世界に行った山岸外史も飲み歩いた仲間でしたようです。
エディット・ピアフは知りませんがきっと太宰と同じく人間の愛の本質を詠い上げた歌手だったのでしょうねー。!
檀さんは文士徴集で中国戦戦に派遣されたので、戦後は逢っていないようですねー。
題名は今、思い出されませんが有名な難解な詩文を送っています。!

No title

太宰治が命をたった日
私が生まれたのです。このように有名になった人は短命で生涯を終わっている人が多いように見受けられます。私はあまり小説のことはわかりませんが太宰治も好きです。特にこのような人がどのようなあしあとを残しているのかその歴史を追っていくのが好きですね。

ところで話は変わりますが、上のコメントで「まゆみ」さんをクリックしたら
セキュリティーソフト(ウイルスバスター クラウド)から このWebサイトは、
安全ではない可能性がありますと言うメセッージ が出ましたので気お付けてください。

桜桃忌

太宰治は新戯作派・無頼派の作家。

昭和23年(1948)6月、愛人と入水自殺、没年38歳。

2009年が、生誕100周年

今、生存していれば、104歳?

エディット・ピアフ歌う~愛の讃歌~の世界に生きたのか?

壇一雄とも、親交があったみたいですね。

まり姫さんへ!!


おばんです!
良くも、悪くも大好きな太宰信奉者です。汗)
東北の片田舎。言葉のなまり。終生重荷となったようですねー。
弱さ=優しさが太宰の言う「無頼」と言う事なんではないでしょうか!

No title

鷹虎さんこんにちは~♪
鷹虎さんがお好きな太宰の日ですね~
東北出身者としては異質な人のような気がしますね。
やっぱり無頼漢なんでしょうか(笑)

NANTEI さんへ!!

おはようございます!

本当にありがたいお言葉感謝いたします。!

少しでも伝われば幸甚に思います。汗)

NANTEI さんのブログで紹介されて頂くとは光栄至極ですねー!

ぜひよろしくお願い致します。!

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おはようございます。

お待ちしていました。
今日の桜桃忌。

知られているようで知られていない、
太宰の人間像。

荒野師のお話しによって、
生なまと伝わってくるようでした。

太宰に傾倒なさっているというお言葉どうり、
さすがの一篇でした!

荒野師の「桜桃忌」、
私のブログで紹介してもよろしいでしょうか?

あ、事後承諾になるやもしれませんが、
すみません・・・
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    プロフィール

    荒野鷹虎

    Author:荒野鷹虎
    何時までも心は若者でありたい!。
    (男性)道産子、AB型

    熱烈な阪神ファン。
    囲碁・将棋の大フアン、スポーツ大好き、
    太宰治に傾倒、自らも人間失格を自称、クラシックも好き、気の多い多趣味な、多酒味男、政治の腐敗に喝!

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