空知、日高支庁の温泉地をドライブして!
日高の国、平取町のびらとり温泉正面。

二階が福祉センター

偶然、風呂に入っていたら、HTV放送のカメラマンが来て今夜私たちが、テレビに写っていたので驚いた次第。(姉が録画していたので、)(笑)スズランの街としても有名で、明後日よりお祭りが始まります。帰宅の道路はがらがらで、蝦夷鹿の親子に出会い、可愛かった。日高高速道路は、今止まっているが、全然必要がないと思いました。

二階が福祉センター

偶然、風呂に入っていたら、HTV放送のカメラマンが来て今夜私たちが、テレビに写っていたので驚いた次第。(姉が録画していたので、)(笑)スズランの街としても有名で、明後日よりお祭りが始まります。帰宅の道路はがらがらで、蝦夷鹿の親子に出会い、可愛かった。日高高速道路は、今止まっているが、全然必要がないと思いました。
日帰り湯治で憩う

この建物は、「旧樺戸集治監」
月形潔が典獄を務めたこの頃集治監には「五寸釘の寅吉」で知られる西川寅吉や贋札作りの名人熊坂長奄等が収監されていた。熊坂は樺戸にいる間に村人に絵を教えていたという。また、新撰組の生き残りの永倉新八も剣術を教えていた。村人は月形のこれらの功績を称え同地を「月形村」と提案し、内務省もまた認可を与え樺戸郡月形村となった。1885年(明治18年)に潔は肺を患い郷里の福岡で静養する。1894年(明治27年)逝去
「囚治監資料より」
月形刑務所は東京の中野刑務所の代替えとして建設されたものですが、当時は今と違い、刑務所早期移転、建設反対運動が全国いたるところで起きているなか、10年も前から町ぐるみによる誘致に力を入れ、運動されたと聞いています。
現在、月形刑務所は地元の要望を受け、収容定員600人の施設から1、800人へと増築工事を実施しています。昔は(網走刑務所)が極悪犯が多かったそうですが今は(月形刑務所)に死刑囚がいるそうです。

「月形温泉]で肩の治療をする。[花工房]が隣にあり、各地から作品作りの腕自慢の女性が集まります。
日帰り湯治に行く

むかわ町は、道央圏の南方に位置し、北海道の文化・経済の中心都市である札幌市や空の玄関千歳市、海の玄関苫小牧市に近く、[ししゃも]で有名です。穂別町と鵡川町が合併して[むかわ町]になりました。
高校野球も有名で甲子園出場は、駒大苫小牧の先輩高でした。
日帰り湯治で「むかわ温泉四季の館」に行ってきました。

子供たちが、何をしているのか、変なおじさんに思われないように、慎重に聞いてみたところ「どじょう」掬いをしていると言うことでした、まだ寒くて咲いていませんが、「タンポポ」公園という場所でした。
田舎の子供たちは、素朴で可愛いらしかったです。
羽生二冠第四戦に勝ちあと一勝で永世名人に!

TVの夕食休憩のときの棋勢は羽生苦戦かと思ったが、今netで見たら羽生挑戦者の勝ちを伝えていた。さすが、ここ一番の羽生さんの強さは、大天才の名に恥ずかしくない。
7番勝負ですので、4勝する迄なんともいえないが,第五戦で一気に決めて欲しいものです。
羽生の今回の打ち方は、今までと違い、実に慎重そのものでした。集中力が違っていました。
真剣そのものにうつりました。永世名人の持つ意味は他の棋戦とは全く違い歴史の重さがあるのです。心から応援する次第です。!
名人戦解説者と弟子入りの相談風景か?

豊川六段は将棋の普及活動に熱心な棋士で人気があります。昼休みに、母親と息子さんがなにやら相談していました。弟子入りのことかと思いました。この子は、指導将棋で見ていましたら、相当の腕前でした。アマチュア3-5段くらいの力で奨励会に入る時は、6級くらいです。ひどい差です。それ程プロになるのは難しい事なのです。
羽生二冠奇跡の大逆転!

厚別区民センターの直ぐ近くの新札幌駅付近
解説者が亦素晴らしいのだ、[豊川六段]である。
NHKの講座を担当した時に、[○切れより痛い歩切れ]を連発した男なのだ。
関係者、視聴者ともハラハラしたものだ。
[豊川六段]も奨励会(プロになる前の修業時代)では[羽生]と同期である。
今は格段の差をつけられた。やはり(物が違う〉逸材と思ったそうだ。
この第三戦は、結局「森内名人」の勝ち将棋を50年に一回と言われるほどの「羽生挑戦者]が奇跡の大逆転勝利に導き永世名人に一歩近づいたわけです。!フアンの私は欣喜雀躍でした。
勝負は、優勢から勝勢、そして勝利えと進みます。この勝勢のときに、最善の手をさし一気に勝ちにしなければ隙が出来ます。今回森内名人は最善の手を打たず緩手を打ち、羽生にわずかな隙を与え、
勝利を逃し涙を呑んだ訳です。
[羽生]の将棋は切れ味鋭い[勇断流」でリスクを承知でせめていくタイプだ。森内さんは[鉄板流」といわれやや受け身のタイプで相反する棋風です。どちらが良いとは断言できません。
ただ、羽生さんの座右の銘が<運命は勇者に微笑む>で森内さんは<一期一会>で対照的だ。まるで[米長さんの勝利の女神」に通じると思った。これからが楽しみになって来た。時には、はんなりも良いが時には熱いのもまたよしである。
注(一歩千金とか歩のない将棋は負け将棋とか言われ一番格下の駒が一番大事だともいえます。
○切れより歩切れが痛いというのはこのことなのです。)







