2008.02.29(金)
太宰が心中してから、60年が過ぎた。6月の桜桃忌には、今でも、若い男女が、本を片手に持ち
三鷹の禅林寺境内に集まり、無言で、過ぎ去ってゆく。
こんな、幸せな文学者は、他にいない。さぞ、彼岸で、羞恥の笑顔で迎えているだろう.
太宰は、子供の時から、大地主の息子に、生まれたが、父親には、恐怖を、母は、病弱で、叔母の
きえ、と守役の、たけ、に育てられ、肉親の、愛情を殆ど知らずに厳しい躾を受けました。
だから、自閉症と疎外感覚の強い、ナルシストと思われる人間になったと思う.しかし、自己欺瞞の嫌いな、美しい性格で夢と理想を抱いた作家といえます、それは、「私の欲していたもの、全世界でも名声でもなく、タンポポの花一輪の信頼が欲しくて、チサの葉一枚の慰めが欲しくて、一生を、棒に振った」(二十世紀の旗手)これが彼が求めた、理想の内容なのです。
第一回芥川賞で「逆行」が石川達三の「蒼氓」、に決まり、次点に終わった事が、ヨホド悔しく、文句をつけるほどでした.委員の川端康成が「厭な雲有りて才能の素直にはっせざる憾み有り」とし、反対したのだ。佐藤春夫に頼み、三回目も落選した。その頃の太宰は、無頼派、戯作派の壇一雄、山岸外史と、放蕩三昧の、退廃生活をしていたので、やむを得ない、結果だった。 「明日に続く」
三鷹の禅林寺境内に集まり、無言で、過ぎ去ってゆく。
こんな、幸せな文学者は、他にいない。さぞ、彼岸で、羞恥の笑顔で迎えているだろう.
太宰は、子供の時から、大地主の息子に、生まれたが、父親には、恐怖を、母は、病弱で、叔母の
きえ、と守役の、たけ、に育てられ、肉親の、愛情を殆ど知らずに厳しい躾を受けました。
だから、自閉症と疎外感覚の強い、ナルシストと思われる人間になったと思う.しかし、自己欺瞞の嫌いな、美しい性格で夢と理想を抱いた作家といえます、それは、「私の欲していたもの、全世界でも名声でもなく、タンポポの花一輪の信頼が欲しくて、チサの葉一枚の慰めが欲しくて、一生を、棒に振った」(二十世紀の旗手)これが彼が求めた、理想の内容なのです。
第一回芥川賞で「逆行」が石川達三の「蒼氓」、に決まり、次点に終わった事が、ヨホド悔しく、文句をつけるほどでした.委員の川端康成が「厭な雲有りて才能の素直にはっせざる憾み有り」とし、反対したのだ。佐藤春夫に頼み、三回目も落選した。その頃の太宰は、無頼派、戯作派の壇一雄、山岸外史と、放蕩三昧の、退廃生活をしていたので、やむを得ない、結果だった。 「明日に続く」
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