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71年目の終戦の日、天皇、皇后両陛下、追悼式でお言葉

[昭和天皇「終戦の詔勅」玉音放送]

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戦後71年目を迎え、あの忌まわしい戦争が忘れ去られようとしています。しかし、次世代に伝えていかなければ成りません。帰還兵も91歳を超えました。私の次兄は海軍飛行予備学生として舞鶴航空隊に入隊、三重空を経て大連基地へ派遣され、朝鮮西海岸で戦死しました。実は両親は志願を認めず印鑑を押しませんでした。しかし、長姉が隠れて印鑑を押したのでした。死ぬ間際まで姉は後悔して泣いていました。これが当時の状況で誰も責められなかったのです。あえて悪いと言えば、東条内閣(陸軍大臣)なのです。
    終戦の詔勅
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3935/ww2/syusen.html


gakuto-09ml.jpg 東条首相の訓示
  
 「雨の中、神宮外苑での学徒壮行会」昭和18年(1943年)10月21日、送られる学徒25.000人見送る女子学生ほか約50,000人の人々が集まった。東条首相の訓示,出陣学徒の答辞、最後に「海行かば」の大合唱で壮行会の幕を閉じた。此の壮行会に 出た出陣学生のうち約3000人が戦死したと言われている。」この写真の中に次兄も写っているのです。

当時は大本営発表がすべての情報で、戦況を知るにはラジオ新聞だけですから、この方達をコントロール出来れば大本営発表はそのまま国土に流れます、検証も無しで。日本軍が優勢な局面ばかりを発表していたのです。嘘ばかりだったのです。

何故か刃向ったらアナウンサー.記者.カメラマン連中は片っ端から激戦地最前線行の赤紙を出すと政府はハッキリ言ってますから御身大事.死にたくない等でそのまま垂れ流しだったのです、開戦前から軍に全面協力の新聞社も数社有りまして国民は耳栓状態でした。



真珠湾奇襲に成功したころは毎日の様にラジオで勝利の勇ましい行進曲「愛国行進曲」「若鷲の歌」等、戦意高揚の歌が流れていたが、昭和17年(1942年)6月5日ミッドウェー島攻略海戦で日本海軍は機動部隊の航空母艦4隻とその艦載機を多数一挙に喪失する大損害を被りミッドウェー島の攻略は失敗しこの戦争における主導権を失った。その頃からは(海ゆかば)(海鷲だより)が流れるようになっていった。戦況の悪化に伴って、20歳以上の学生の兵役免除がとかれ、文科系(および農学部農業経済学科などの一部の理系学部の)学生を在学途中で徴兵し出征させたのである。

入隊前のひと時
 
撮影所で、笠智衆さんと次兄 





親父の電気会社も戦中の統廃合で廃止され、その後鉱山技師として家族を残して家を出ました。戦争は総てを破壊していきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/openuniversity2010/33966286.html
 
現存する千歳の航空廠     神風の鉢巻姿の挺身隊

1944年以降12歳以上の生徒や学生約300万人が動員されました。(10歳以上の児童、青年学校および中等学校の学徒500万人であった。)昭和19年3月、卒業と同時に組織された女子挺身隊の第1陣が、全国一斉に軍需工場等へ動員された。昭和18年秋には学徒出陣が行われ女子と言えども戦局からは逃げることが許されず、女子挺身隊の結成と成り、3種類の組織に分かれていた。その中で最も多くの未婚女性を動員したのは、女学校単位で結成された卒業生による挺身隊であった。
 当時の北海道庁立苫小牧高等女学校は北の守りとしての千歳海軍航空隊基地が近いためもあり、本科18回生として同月に卒業し、終戦まで千歳の航空廠に動員されていた。その中には学徒出陣の海軍士官も配属されていたと言う。私の3姉も挺身隊の一人である、長兄は病死し次兄の戦死広報を受け取り母はそのころが家庭的には一番寂しく悲しい時であったと思う。


  002_20140806210916726.jpg  
遺族会の円山動物園    上段左、女優高峰秀子さんの実兄 平山教官 

帰還兵もいまや、92歳となり、この写真に写っている人は数人となりました。
母と姉と良く「白鴎遺族会」に出席して兄の話を聞くのが楽しみでした。母も戦友を自分の子供のように慕い泣いたり笑ったりの
姿を今でも思い出します。
  






  


「明治29年(1896年)、月寒に独立歩兵大隊が置かれ、後に歩兵25連隊に改編されました。同連隊は、現在の月寒東1-3から東2-8にまたがる広大な敷地を持っていました。この松は兵営の正門前に植えられた2本の松の1本で、多くの兵士が出征するのを見送った松です(写真左)。歩兵25連隊の兵舎群は、昭和20(1945)年10月から22年までアメリカの進駐軍が「キャンプ・シーテンバーグ」として使用しました。(豊平区月寒中央通5丁目)」


北海道の部隊は、最強だと煽てられ(実際強かった)満州事変、ノモンハン、インパール作戦、沖縄へと激戦地に送られ多くの犠牲者を出しました。
連隊出身の帰還兵に私の勤務先にいた軍曹はいま92歳になりましたが、気骨があるのか、いまだに元気に一緒に飲むことがあります。大先輩が言うには(戦争ほど辛いものはない、普段威張っていた上官が戦場では、兵卒に後ろから撃たれて死んだ人もいたのだ・・泪)  実に悲惨な戦争だったのです。

長姉の旦那もインパール作戦に参加して終戦を迎えB級戦犯として3年間抑留され、運よく帰還はしましたが、子供二人の教育は厳しく不幸な時期もありました。

私は、男の子として兄の敵討ちとして海軍に志願しようと思っていましたが、国民学校一年生のときに敗戦を知らせられ悔しさを持った記憶があります。
婦人たちは(これで防空壕に入ることもなくなるねー)と喜んでいたものです。お国を挙げて戦争に賛意をしていたわけではなかったのです。
「軍隊に入りたくないので大学に入ったのに徴兵とは・・」「農家の息子で家が貧しいので軍隊に入り給金をもらい親を助けたいと思った」と証言する人もいる。今だから言えるのだが、必ずしも「皇国に身をささげた」兵士ばかりではないのである。

親兄弟姉妹は笑って送ったのだが心底は「生きて帰ってきてね~・・」と思っていたのである。




♪ いよいよこれが 最後です
 父さん母さん お元気で
 白木の箱が 届いたならば
 たいした手柄じゃ ないけれど
 泣かずに賞めて  下さいね ♪

 自らも戦争体験をした故新藤兼人映画監督が映画を通して発信し続けたメッセージ「戦争は絶対してはいけない」
深く心に刻まれている。

「戦争は政治の延長」とか「外交の延長」と言われています。戦争と言う国策は「政治の失敗」だと言う事らしい。
国家総動員で戦争を指導した(東条首相・陸軍大臣)は まさに、その典型であろう。

いま又安倍総理は政治において「安保法制法案」と言う「戦争法案」を提出し、再び国民を悲劇の道へと誘導しています。
断固として「アベ政治は許さない」と叫ぶ必要があるのです。



             
 



先日NHkで放映された下記の動画を見て戦争終結の手段としての原爆投下の真相がいささか判明いたし、驚きました。
最近は動画はすぐ消されることが多いので急いでアップした次第です。また上記記事は昨年の記事を修正加筆したものですのでご容赦願います。
NHKスペシャル「決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~」





「原爆投下は戦争を早く終わらせ、数百万の米兵の命を救うため、2発が必要だとしてトルーマンが決断した」。
アメリカでは原爆投下は、大統領が明確な意思のもとに決断した“意義ある作戦だった”という捉え方が今も一般的だ。その定説が今、歴史家たちによって見直されようとしている。
アメリカではこれまで軍の責任を問うような研究は、退役軍人らの反発を受けるため、歴史家たちが避けてきたが、多くが世を去る中、検証が不十分だった軍内部の資料や、政権との親書が解析され、意思決定をめぐる新事実が次々と明らかになっている。
最新の研究からは、原爆投下を巡る決断は、終始、軍の主導で進められ、トルーマン大統領は、それに追随していく他なかったこと、そして、広島・長崎の「市街地」への投下には気付いていなかった可能性が浮かび上がっている。それにも関わらず大統領は、戦後しばらくたってから、原爆投下を「必要だと考え自らが指示した」とアナウンスしていたのだ。
今回、NHKでは投下作戦に加わった10人を超える元軍人の証言、原爆開発の指揮官・陸軍グローブズ将軍らの肉声を録音したテープを相次いで発見した。そして、証言を裏付けるため、軍の内部資料や、各地に散逸していた政権中枢の極秘文書を読み解いた。
「トルーマン大統領は、実は何も決断していなかった…」
アメリカを代表する歴史家の多くがいま口を揃えて声にし始めた新事実。71年目の夏、その検証と共に独自取材によって21万人の命を奪い去った原爆投下の知られざる真実に迫る。
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阪神タイガースは強かった。!

暑中お見舞い申し上げ致します
「DeNA5-7阪神」(4日、横浜スタジアム)


狩野、九回代打から2打席連続適時打 3カード連続勝ち越し



球児、気迫の3人斬りで5勝目 11試合12イニング連続無失点
 

 阪神が延長戦を制して、CS進出のライバル・3位DeNAにカード勝ち越し。ゲーム差を4に縮めた。
 3-5で迎えた九回、DeNAの守護神・山崎康を攻め立て1死二、三塁から代打の狩野が遊撃への適時内野安打で1点を返すと、江越が右翼への犠飛で、ゴメスの代走・荒木を生還させた。
 さらに延長十回。サガースキーの制球が乱れたのにつけ込み、2死満塁から新井が決勝の押し出し四球を選んだ。続く狩野にも適時打が出て、2点をリードした。
 終盤で2本の適時打を放ち逆転勝利に大きく貢献した狩野は、九回の追撃打については「きれいなヒットがいいんですけど、(試合に)出る時はああいうヒットでもいいと思ってたっているので、いいヒットだったと思います」とかみしめるように振り返った。十回の一打も「どうにか追加点がほしいところだったので、1点じゃ不安だったので、良かったです」。相手のクローザーを打ち崩しての勝利に「本当にチームがいい状態なので、これを続けていったらもっともっと勝てると思います」と力強く宣言した。
 白星は九回を投げた藤川について5勝目(5敗2S)。延長十回を締めたマテオが12S目。

正直言って3-5でリードされた9回表を迎えたときは「鳥谷外しの連勝」がストップしたと思い暗かった。しかし、今の阪神は確かに成長したのだ。後は藤浪の復帰だ。!鳥谷も勝利に貢献してくれた。悪いことを言ってしまった。お許しください。鳥谷さん。!

今夜のお立ち台の狩野も今や必殺の代打の神様となった。勝負強くなって頼もしい選手である。
今日は「戸籍上の誕生日」私の本当の誕生日なのでビールで乾杯をしたかったが、糖尿病を確実に良化するまで頑張った。
夢は夜開く。♪

日本、4得点も守備崩壊で黒星発進/リオ五輪サッカー
横浜と履正社が2強 智弁学園も春夏連覇狙う/展望


「身体検査」したのか(左から今村、鶴保、山本の各氏)/(C)日刊ゲンダイ
“スネ傷”4人が堂々と初入閣…東京地検が狙う新大臣の疑惑
                        

私の本当の誕生日

暑中お見舞い申し上げ致します

暑さ寒さも彼岸までとは「冬の寒さ(余寒)は春分頃まで、夏の暑さ(残暑)は秋分頃までには和らぎ、凌ぎやすくなる」という意味の、日本の慣用句であるようだが、私の田舎では「暑さ寒さもお盆まで」と言う言葉となる。本州とは違い秋分の日には残暑と言うより寒さを感じるからだと思う。(辛いことも耐えれば良いこともある)なんていう教訓とは無関係なのですねー。

  

昨夜はスーパーホクノーの創立60周念記念を祝っての花火大会とあって近隣の白石や平岡・清田区からの多くの若い男女が訪れて賑わいを見せた。老若男女が丸いテーブルを囲み焼き鳥やジョッキを傾けて楽しそうに語り合う姿は平和そのものだと感じた。一昨日はブルームーンで一杯と昨日は花火で一杯で、真夏の夜は華ある風物詩である。

  
もっと綺麗だったが花火の撮影は難しいものである。私の腕では限界ですね^^



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NASA(アメリカ航空宇宙局)は24日、無人探査機「ニューホライズンズ」が撮影した、冥王星の新たな画像を公開した。

私の誕生日は今月の3日なのだが、戸籍係りの行き違いで4日になっている。高校卒業まで4日で通してきたので就職試験の面接で(何で自分の誕生日を間違えるのか・・?)と言われて始めて気がついたものでした。両親に話を聞いたのだが(ちゃんと3日に届けている)と言うことです。だから何時までも、私の誕生日は8月3日だと思っている。


「お願いします」
「時計をごらん、時計を」
 津島は上機嫌で言って、その出産とどけを窓口の外に押し返す。
「おねがいします」
「あしたになさい、ね、あしたに」
 津島の語調は優しかった。
「きょうでなければ、あたし、困るんです」
 津島は、もう、そこにいなかった。
 ……見すぼらしい女の、出産にからむ悲劇」
(津島は役場の吏員)を描いた太宰治の「家庭の幸福」で「家庭の幸福は諸悪の本」と言わせたことを重ね合わせたものでしたが、聊かこじ付けで無理があるとは思う。しかし、役人が嫌いな太宰は役人批判をしたものともいえる。役人と言うものは勤務時間が来れば家庭に待つ家族の元へと急ぐものである。

昔(私は戦中の人間です)の戸籍係はかなりいい加減だった様だ、学校にも抄本は必要なかったのではと思う。いくらなんでも抄本を出していたなら、この様な事は起こるはずがないからねー。太宰の言うように戸籍の記載にもいい加減で記載間違いだったのでしょう。

8月4日は語呂合わせで箸(はし)の日、橋の日、ビヤホールの日と言うことだがビヤホールと言うのは意味が分かりません。

私の星座は冥王星だったが、06年に太陽系惑星からはずれ準惑星に格下げされて寂しくなった。メジャーリーグベースボールの公式ウェブサイトは「9番打者の冥王星がマイナーリーグ送りになった」ことを報じた。うまいことを言うものだ。もう一つの占いの星座では獅子座である。花は向日葵である。誕生石は紅しまめのう(夫婦の幸福)いずれも大好きである。

ま~良く考えると誕生日が二つもあることは何時生まれたかも分からない人もいることを思うと贅沢なことだと思う。
戦中の育ちでもあり物資不足で誕生日なんて余裕もなかったから、私は誕生祝の記憶がない。ましてクリマスケーキなんて、見たことも食べた事もなかった。今でもケーキは嫌いである。

良く馬齢を重ねると言う言葉があるが、人間万事塞翁が馬であり、私は決して自嘲や謙遜はしない「年を取るとは加齢した年から一つづつ取るものだ」と思っている。だから段々若くなると言うことだ。笑」そう思うことが高齢時代を生き延びる術と思う。

過去は無駄だと思う必要はないのである。大切な経験を積み重ねてきただけと思うことが高齢者の誇りであり誕生日に花を咲かせてくれるものであると思う。日本の場合、高齢者が誕生日を迎えた際は、地方公共団体から祝い品などが届く場合がある。特に長寿(高齢)の場合には、地方公共団体の長などが直接自宅を訪れ祝福したり、広報や地域新聞などで報道されたりもする。私の町内でも還暦からは祝い金があったが最近は祝い品となった。前は3000円相当でしたが町内財政も逼迫して、又若い人の反感もあり、段々小額になった経緯があります。体は年相応に衰えてはきますが、趣味や酒味を楽しんで今日まで生きていることに心より感謝する今日この頃であります。!『有り難う』!「汝、明日を煩う勿れ」 八百万の神に感謝したいものである。!

                        

私にとっての天皇誕生日


当時の北海道大学
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昭和11年(1936)年、北海道で開催された陸軍特別大演習では、弘前の第八師団が南軍として、旭川の第七師団が北軍として演習を行いました。この際、現在の北海道大学農学部に大本営が置かれました。この演習は、満州事変後の戦火拡大に伴う国威高揚の国家イベントであり、中国とよく似た自然環境の北海道での演習は、翌年の盧溝橋事件に始まる日中戦争の足がかりになった演習であったとも言われています。(WP)


私の子供のときは天皇は現人神として崇め奉られていました。毎日朝の朝礼では御真影を仰ぎ最敬礼を致したものでした。私の田舎でも明治天皇御巡幸を記念して「御幸羊羹」が作られました。行進する七師団の戦車に憧れて大人になったら兵隊さんになり鬼畜米英を誓いました。しかし戦火は日増しに激しくなり、次兄は飛行予備学生として戦死し、親父の会社は統廃合され戦争のために一家は悲運の人生を歩まねばなりませんでした。

今上天皇も昭和天皇陛下によく似ていらして、戦争への強い懸念を抱いております。今上天皇も皇太子殿下として、戦後道内にも良くいらっしゃいまして私も身近に拝見いたし高貴であるも実に優しさが感じられたものでした。

天皇誕生日も今の陛下の誕生日に変わりましたが、私にとっては何時までも昭和天皇の誕生日が胸深くしみこんでいます。平和を願う象徴天皇として皇室の繁栄を心より願っているものです。
「二度と戦争はしない」と誓った日本人でしたが、今安倍政権によって再び戦争の響きが聞こえて来るようになりました。
過去の悲劇を思い出し現政権の進路は間違っていると思います。小さな火の粉のうちに国民こぞって消し止めなければと痛感致しました。                         

≪盆の行事≫

001.jpg  


瑞雲寺鐘つき堂 


 旧早来小学校から向い山を望む                                        


安平町早来庁舎「追分町と合併し安平町となる」



此の奥に聖子ドームとお父さんの家がある。

盆とは逆さ吊りの苦しみ=盂蘭盆の略である

「お盆」という言葉は、「盂蘭盆経」というお経から出ており、仏弟子の目蓮尊者がある時、亡き母が飢餓に苦しみもだえているのを知ってその救われる道をお釈迦さまに訊ねたところ、七月十五日に夏安居(げあんご)の修行を終えた僧侶に、百味の飲食を供養すればよいと教えられ、その通りの事すると、亡き母は餓鬼道の苦しみから脱することできたという故事に由来します。この飢餓に苦しんでいる状態を梵語でウランバナ(さかさにつるされたような苦しさ)といい、盂蘭盆はその音写で、略して「盆」というようになったと言われます。(松涛弘道著)

私の兄弟と姉も今では、半分の5人になり寂しくなった。残った姉4人の義兄も亡くなり、これから益々お盆に集まる人も少なくなる一方である。菩提寺のある町に住む3姉の家に集まるのだが、もし3姉が居なくなれば集まる場所も無くなり親族との交流もできなく恐れがあることを思うと3姉への感謝と長寿を祈るばかりである。

田舎で不便ではあるが故郷はいいものである。菩提寺で五輪メダリスト(橋本聖子さん)のお父さんに出会い、昔話に花が咲いた。弟さんが横綱白鵬の所属する宮城野部屋で幕下筆頭まで行ったスポーツ万能一家である。
その弟さんも先年亡くなり、大先輩の奥様も昨年亡くなったと言う。人は永劫には生きられない。しかし、彼岸の浄土に行くのである。

親父のおかげで、菩提寺の境内に私の墓がある。(私も此の墓に入れてくれ)と既に愚息に伝えている。
「生死に、驚くことはない。生きるときは精一杯生き、死ぬる時は死ねばよい」あるがままに・・・禅の心を胸に秘め親族の団欒に感謝をして帰宅した次第です。
                        

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    荒野鷹虎

    Author:荒野鷹虎
    何時までも心は若者でありたい!。
    (男性)道産子、AB型

    熱烈な阪神ファン。
    囲碁・将棋の大フアン、スポーツ大好き、
    太宰治に傾倒、自らも人間失格を自称、クラシックも好き、気の多い多趣味な、多酒味男、政治の腐敗に喝!

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